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爆走兄弟レッツ&ゴー!!GIRL
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 97年秋。念願の初出場をかけたサッカーW杯予選。自力出場の難しくなった日本代表はホームの国立競技場でUAE(アラブ)に勝たなくてはいけなかった。マスコミ等のあおりで、にわかサポーター化した大勢のファンがかけつけた試合だったが、引き分けに終る絶望感の中、一部のサポーターが暴動を起こし、カズはタマゴを投げられてしまった。それまでに加茂監督の更迭、ストライカー・カズの不振と、誹謗や中傷は頂点に達していた。「真のサポーター」とはなんなのか?この事件を通してインターネットでは大議論が飛び交った。何年もずっと代表を追いかけてるサポ、最近サッカーが楽しくなったサポ、選手の追っかけサポ、テレビであおられたにわかサポ。色んな人々が色んな関わり方をしていて色んな見解を持っていた。数日後、韓国での試合に駆けつけた約1万人のサポは、厳重な警備体制の中、無駄なブーイングも暴動もなく、選手達を純粋に信じ精一杯応援し続けた。それは素晴らしい応援であり、また韓国までわざわざ出かけて行った日本人サポのマナーは後、W杯フランス大会でも「フェアプレー賞」にノミネートされるほどまでに短期間で成長を遂げていたのであった。この韓国戦の勝利を境にチームにも活気が戻り、あの、マレーシアでの岡野ゴールに、サポーターのみならず日本国民全員が感涙を流す事になるのであった。

 何度諦めようと思ったか。幾度諦めまいと思った事か。世界の舞台に立つ事とは、サポーターとしての「心の覚悟」を試されたような思いである。ジョホールバルに集結した日本人サポは2万人だった。それも、その殆どの人間のしっかりとした「覚悟」がその眼差し、その姿勢、マナーからしっかりと感じ取られた。勝利の瞬間、選手は選手なりの、サポはサポなりの一種の「試練を乗り越えた」喜びが、いや、そこを通らなければ味わえない大感動があった。UAE戦から共にスタジアムに乗り込み続けたコロコロ編集部デスクの左上君は硬派で有名な男だが、その瞬間、両手を上げて泣き崩れてしまった。自分自身、嬉しすぎてあれほど泣ける事とは、今まで生きていて一度も知らなかった。その涙は、サポーターの使命を思い知らされた「感謝」と、夢が叶った「歓喜」と、信じ続ける事への絶対的な「信頼」の証しであったに違いない。蛇足だが、日本に帰る飛行機の中でMAXの主題歌、「BRAVE HEART」の歌詞は出来上がったのであった。

 会社まで辞めてフランスに乗り込んだ人達と何人にも巡り逢ったが、他の人達は今どうしているのだろうと、ふと思う。ブーム中の「サポーターとしての時期」を送った人もいるだろう。また、あの日の感動を信じて「永久サポーター」の決意を実行している人もいるだろう。アニメの放映が終われば、雑誌の連載が終われば、新たな夢を求めて旅するのもその人なりの人生だと思う。間違ってなんかいない。ただ僕は、サッカーの代表試合がくれた「信念と感動」を「レッツ&ゴー」からも貰ったと思っているので、「レツゴー」の超サポであるという事。それも超合金筋金入りだ。だから絶対にもう一度、ビクトリーズに逢いたいと思うし、逢えると信じてるし、逢うべきと願う。ミニ四駆のレースには深い感動と、忘れちゃいけない夢がある。鉄心先生も言ってたが「子供たちが諦めん限り、ミニ四駆はなくならない」と。純粋に夢を追う僕たちの心はいつまでも子供のようであるように、その僕たちが信じる事のできるものは僕たちで守り伝えていかなければいけない。だから「レツゴー」は無くならないのだ。99年。横浜フリューゲルスが天皇坏で優勝し、チームは無くなってしまった。しかし、サポーターによる運営母体で新しいチームとしてまた「夢」を追いかけはじめた。

 4月1日。追い続けた「夢」にまた逢える。 ワキ役だった彼女達も決して諦めはしなかった。そう、彼女達自身がキャストであり「レツゴー」のもっとも身近で熱烈なサポーターだったのかもしれない。磐石な土台に立派な城を築くべく、新たな船出としては意義深い「決起CD」なのかも知れない。純粋な心に広がる「感動の世界」に、真のサポーターとして共に取り組んで行きたいと思う。少年の心に夢があるよう、少女の心にも華がある。READY TO GO , LADY TO GIRL!!

レツゴーサポ・作曲家 つのごうじ



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